第一章 暴かれる真実

眠れる神を屠りしもの 1

【4】
 ランドルフの声明は、世界各国に新たな衝撃を与えた。
 小さいとはいえ、独立国だったライリアという国が実際に、この地上から消え去ってしまったのだということが、人々には脅威だった。だが、それ以上に彼の話は、クライも言っていたとおり、先日のテレンス・リリシアの声明が事実だったことを裏付けるものを含んでおり、しかも暗に今回のライリア滅亡はエテメナンキの《至高天》が企てたことだと告発しているにも等しくて、誰もが驚愕せずにはいられなかったのだ。
 そんな人々の衝撃を物語るかのように、ランドルフらが身を寄せたフラナガンには、各国の外務省をはじめとするさまざまな機関からの問い合わせが殺到した。
 だが、そうした反応は、ランドルフにとっては覚悟の前――というよりは、当然のものでしかなかった。
 フラナガン側でもむろんそれは同じで、声明を発表する前に、ラナの命令により専門の受付窓口が開設され、寄せられた問い合わせは全て、そちらに回すようにきっちりと用意がなされていた。
 それもあって、フラナガン政府にはむろんのこと、そこに身を寄せるランドルフらライリアの元政府首脳陣にも特別な混乱はない。
 いやむしろ、今の各国の反応は、予想したものよりも小さいようにさえ、ラナには思えていた。
 とはいえそれは、ランドルフが妖魔化・悪霊化についての真実を告げなかったためだ。
「どうして、例のことを声明に含めなかったのですか?」
 その日、遅い夕食を共にしながら、ラナは尋ねた。
「……本当を言うと、私の中にも教母様と同じ迷いがあったのですよ」
 ランドルフは苦笑してナイフとフォークを置くと、ワインで喉を潤して言った。
 場所は、先日と同じく、中央殿の一画にある小さな食堂だった。
 今夜も同席しているのは、彼女とランドルフの二人だけである。
 むろん、給仕の尼僧らがひっそりと部屋の隅に控えてはいるが、彼女たちはどれほど重大な話を耳にしようと何も聞かなかったごとくふるまうことに長けており、今も彫像のようにそこに立っているばかりだ。
「教母様のおっしゃるとおり、事実を公表することは、世界を不安と嘆きの坩堝に叩き込むことになる――私の中にも、そういう思いは当然、ありましたからね」
 ランドルフは言って、小さく吐息をついた。
「それでも、カメラの前に立つまでは、話すつもりでいました。話すことこそが正しいのだと、自分に言い聞かせていたのです。それが――ライリア滅亡の事実とその経緯について話すうち、これ以上人々を、殊に同胞たちを傷つけ、苦しめる必要はないのではないかという思いが浮かんで来たのです。事前に女王から事実を打ち明けられていた私でさえ、沈んで行く祖国を目の前にした時には、信じられない思いでした。今でもあれは、悪夢だったのではないかという気がします。ましてや、同胞たちにとっては、寝耳に水もいいところでしょう。それを思えば、今はもうこれで充分ではないかと……そんなふうに思えて、話すことができなくなってしまったのですよ」
「そうでしたか……」
 自分も食事の手を止めて、彼の言葉に聞き入っていたラナは、小さく息を吐き出してうなずく。
「政治家としては、なんともふがいない話ですが……」
 それへ苦笑して言いさすランドルフに、彼女はかぶりをふった。
「いえ。それを言うならば、私こそ……。自分で決められず、あなたに決断を任せてしまったのですから。でも……これでよかったのかもしれませんわ。私たちの中に迷いがあるということは、それをみだりに何の用意もない者に漏らしてはならないということなのかもしれませんしね」
「ありがとうございます。教母様にそう言っていただけると、なんだかホッとしますよ」
 ランドルフは、本当に安堵した顔で笑って言うと、再びナイフとフォークを手に取った。
 それへラナは、自分も食事を再開しながら言う。
「ところで、お伝えするのが遅くなってしまいましたが……今朝方、ラザレス――アニエスの国王から通信がありましたの。《至高天》の面々、殊に筆頭のライラがしようとしていることについて、各国に事実を話し協力を仰ぎたいゆえ、近々アニエスの都に集まってほしいとのことでした。それへランドルフ殿にもぜひにと」
「おお、それはもちろんです」
 軽く目を見張ってうなずくと、ランドルフは訊いた。
「しかし、各国といっても……クラリスやマルガレーテはアニエスの招集には応じないのでは?」
「ええ。それは、彼にもわかっているのでしょう。今は、我々と西ゲヘナ、マリアにのみ声をかけるつもりのようです」
「なるほど。わかりました。……アニエスの国王陛下とは、残念ながらまだ直にお会いしたことがありませんからな。会えるのが、楽しみですよ」
 うなずくと、ランドルフは微笑んだ。そして、ふと思い出したように言葉を継ぐ。
「楽しみといえば、昨夜は声をかけていただいたにも関わらず、結局ルゾ・アニエス殿とはお会いできませんでしたな」
「そうですわね。ルゾも、残念がっておりましたわ」
 微笑んで、ラナも返した。
 ルゾとの会見は、ランドルフの都合がつかずに、実現しなかったのだ。
 彼女は続ける。
「ルゾも、例の件についてはかなり驚いていました。ですが、アニエス商会の研究室の総力を上げて、ワクチンの開発に取り組むことを、約束してくれました。それと、もしよければ、ライリアで開発されていた抑制装置についても、アニエス商会の方で量産させてほしいと。……それについてはいずれ、正式に話を通すと言っていましたが」
「それはむろん、我々としても大歓迎です。開発に携わった技術者たちが移住した先は、こちらで把握していますので、要請があればいつでもアニエス商会の方に情報を提供しますよ。もちろん、技術者との仲介もこちらでさせていただきます」
 ランドルフは再び瞠目しながら、うなずいた。
 抑制装置を量産して、他の国へも拡散させるという考えはいまだ彼の中にはなかったのだ。だがそれは、今言ったとおり、歓迎すべき話だった。
「ありがとうございます。それを聞けばルゾも、喜ぶでしょう」
 ラナも微笑んで言った。
 やがて、彼らのごく短い憩いの時は終わりを告げ、ランドルフは再び公務へと戻って行く。誰もが家族と団欒を共にしたり、人によってはすでに床に就くような時間帯だったが、彼にはまだ休むことは許されていなかった。
 一方、ラナもまた、彼らを迎え入れたがために増えた公務をこなすべく、自分の執務室へと戻って行くのだった。

 その同じ夜を、クライはラフティと二人で過ごしていた。
 ラザレスとマニとは夕食前に一度顔を合わせたものの、例によってラザレスは王としての公務に忙殺されていて、自分の客として招いたとはいえ、二人のために割く時間はあまりないようだった。また、マニは公には死んだことになっている上、あまり頻繁に体を借りることがケルピムにとってはよくないらしいとのことで、これもすぐに引っ込んでしまった。
 そんなわけで彼らは、ウリエルとアズラエルの二人を加えた四人で食事を済ませた後、なんとなく成り行きでクライが与えられた部屋の居間に集う形となった。
 そして、気づくといつの間にか、クライはラフティと二人きりになっていたのだった。
(やれやれ、またか)
 クライは内心に小さく溜息をついて、ぼやく。
 かつて《神の塔》でいたころもそうだったが、どうもアズラエルが自分の主のために「気を利かせて」いるらしい。それとも、そうしろと主に心で命じられたのだろうか。
 よくはわからないが、気づくといつの間にかラフティと二人きり、というのはよくあることだった。
 このしばらくは、投獄から逃亡、戦闘と、これまでになく殺伐とした時間を過ごしていたせいで、そんな塔での日常など記憶の隅に追いやられていたものだが、似たような状況にクライはまざまざとそれを思い出したのだった。
 同時に、昼間自分が口にしてしまったことをも思い出す。
 ――いつか、フラナガンで暮らそうぜ。……俺も、一緒に行くからさ。
 故郷を失った痛みに耐えているラフティを目にするうちに、思いがけずこぼれ出た言葉だった。
 それまでは、考えたこともなかった話でもあった。
 だが。はるか記憶の底をまさぐれば、彼らは三百年前、フラナガンで一度はそんなことを夢に見て、語り合っていたこともあったのだ。
 戦争が終わったら、クライがラフティと共にライリアへ行って一緒にくらす――そんな、その当時は実現可能だと思えた夢を。
 けれどもそれは、実現することはなく。
 ラフティは《神の塔》で人質としての日々を過ごすことになり、クライ自身はクラリスで画家として過ごす道を選び取った。
 当時は、またこうして相会うさだめにあるとさえ思わず、きっともう二度と会うことはないだろうとの悲しみに苛まれながら、彼らは袂を分かったものだった。
(……あんなこと、言わなけりゃよかったかな。この先、どうなるかもわからないんだし、今更、実現するはずもない話だものな)
 クライは胸に呟き、小さく溜息をつく。
 ラフティはうれしいと言ってくれたが、それはきっと、彼の胸の痛みをやわらげようとしたこちらの行為そのものに対しての感謝の言葉だったのだろうと、クライは思った。
 そんな彼に、ラフティが怪訝そうに首をかしげて声をかける。
「どうしました? 溜息なんかついて。私と飲むのが、つまらないですか?」
「あ……。いや、そうじゃないんだ」
 クライは慌ててかぶりをふると、溜息をごまかすように自分のグラスに手をつける。
 隣り合って座る二人の前にはそれぞれ、氷と酒の入ったグラスと、つまみの入った小皿が置かれていた。少し離れたところに、ボトルと氷の入った容器が並べられている。
 そうしたものを、こまごまと用意したのはむろんウリエルだ。
 本来飲み食いする必要のない彼とアズラエルも、ほんの少し前までは二人の向かいに座って形ばかりグラスを傾けていたのだった。
 ちなみにラフティは、クライがいる時にはその隣が自分の席だと決めているようで、塔にいるころから、会議や式典などのようなあらかじめ席が決められているもの以外は、そこに座を占めるのが常だった。
 今夜もそのとおりだったので、必然的にウリエルとアズラエルが彼らの向かいに並んで腰を下ろす形となった。
「ふうん?」
 慌ててグラスに口をつけるクライを、幾分疑わしげに見やってラフティは、まあいいかと言いたげに小さく肩をすくめた。自分もグラスの中身に軽く口をつけたものの、すぐにそれをテーブルに置いて、改めてクライを見やる。
「昼間言っていたことですけれど……本気ですか?」
「昼間って……」
「フラナガンで一緒にくらそうって、言ってたじゃないですか」
 言われてクライは、あやうく酒を吹き出しそうになった。
「俺は一緒に行こうと言っただけで、一緒にくらすとは言ってないぞ!」
 なんとか酒を胃に収めて上げた声は、少しだけ裏返っていたかもしれない。
「私には、そう聞こえましたけど?」
 からかうように返したものの、ラフティの目はふいに真剣味を帯びた。
「クライ。……もういい加減、私とちゃんと向き合ってくれてもいいんじゃないですか。私を、どう思っているんです?」
「どうって……」
「塔で再会してからずっと、あなたは私が冗談でする抱擁やくちづけは、苦い顔をしながらも受け入れてくれました。けれど、私が本気を見せるとあなたは貝のように口を閉ざすか、聞かなかったことにしようとする。これまでは私も、それを更に深追いしようとはしませんでした。……私は人質で、祖国と養母を守るため《神の塔》にいるのだと、そう思っていましたからね。あなたは望めば塔を出て行くこともできるけれど、私にはその自由はない。だから、共にいられるだけでも、幸せと思うしかない――そんなふうにも、思っていました。けれど、今は違います。今の私は自由で、何者にも縛られていません。そして、こうしてあなたと共に在ることができる。だからこそ、知りたいのです。あなたは、私をどう思っているのですか?」
 まっすぐにこちらを見つめながら告げられた真摯な問いに、クライは射抜かれたかのように動けなくなる。
 ラフティが、ずっと答えを求めていたことを、彼自身もまた、よく知っていた。
 知りながら、まっすぐに向き合うことを避けていたのは、彼のずるさでもあり弱さゆえでもある。
 彼にとってはラフティから想いを向けられ、何かと求愛され続けていながら自分自身はそれに応えることなく友人であり続けるという中途半端な関係は、実は意外と居心地のいいものでもあったのだ。
 もちろん、わずらわしいこともある。エドマンドのようにそれゆえに彼を敵視し、悪意を向けて来る人間も、けして少なくはなかったからだ。
 それでもクライにとっては、自分自身の本当の心と向き合い、ラフティに答えを与えて関係が変わってしまう怖さに較べれば、ずっとなんでもないことだったのだ。
 だが今は。
(潮時……かな)
 彼はふと胸の底で思う。
 この先、ラフティと手をたずさえて共に行くつもりがあるのなら、ちゃんと向き合うべきだろう。何より、もう彼自身、逃げ回ることに限界を感じていた。
 昔――《神の塔》でラフティと再会したその時、彼は自分の心の奥にある想いに蓋をして、鍵を掛けた。その時は、そうすることが正しいと感じたのだ。
 だが、それから長い年月が過ぎて、鍵はゆるみ、蓋はいつしか開かれる時を待つかのように隙間ができていた。
「俺がおまえを、嫌っているとでも思うのか?」
 しばしの沈黙の後、クライは少しだけ震える声で返した。
「好きだよ。昔と変わらず。――フラナガンでいたころと、同じように」
 言って、彼は思わずそっぽを向いてしまう。
 ちゃんと向き合おうという気持ちはあるものの、いざ口を開くと、照れくさくてしようがなくて、まるで十代の子供のような言葉と態度になってしまう。我ながら、情けないとは思うものの、どうしようもなかった。
 だが、ラフティにはその気持ちは充分に伝わったようだ。
「クライ」
 そっと囁く声と共に、その手が彼の腕にかけられる。
「クライ、こっちを向いて下さい。……クライ」
 子供をあやすように呼びかけられて、クライはようやくそちらをふり返った。
「フラナガンでいたころと、同じように? 私のことを、友人以上の存在だと思ってくれていると?」
 それへやわらかく微笑んで、ラフティが問うて来る。
「ああ」
 うなずくと、クライはためらいがちに腕を上げた。ラフティの肩を抱き、どこかおずおずとくちづける。
 それは、二人の気が遠くなるほど長いつきあいの中でも、初めてのことだった。
 ラフティが小さく目を見張り、そして離れて行こうとする彼の腕をつかんで引き止めると、自分から深くくちづける。
 長い抱擁とくちづけのあと、ラフティはようやく彼を離してその顔を見やる。
「なんだか、夢を見ているようですよ」
 囁く口元には、幸せそうな笑みが浮かび、その面は喜びに輝くばかりだった。
 それを見やってクライは、思わずめまいを感じる。
 自分の気持ちを表に出したことで、長い間封じて来たラフティへの想いが、ふいに堰を切ってあふれ出すかのようだ。
 たまらず相手を抱きすくめる彼の耳元に、ラフティは蠱惑的な囁きを一つ落とす。
 その口元には、どこか自分の勝利を確信したかのような、陶然とした笑みが浮かんでいた。

 そして。
 翌朝二人が目覚めたのは、そろそろ昼に近い刻限だった。
 クライのために用意された寝室のベッドは、成人男性が二人で寝るにはいささか窮屈なものだったが、目覚めた時、クライの胸を満たしていたのはそんな些細なことに対する不満などではなく、強い幸福感だった。
 彼はベッドの上に身を起こし、採光のために切られた天窓から降り注ぐ日の光が、ベッドの上に散ったラフティの金の髪を、さながら光の海のように輝かせるさまを飽かず眺めていた。
 こんな光景は、今までにも何度も目にして来たものではある。
 塔のどちらかの部屋でラフティと二人で飲み明かし、そのまま雪崩れ込むように眠りに就いた翌朝などは、目覚めると彼が隣で眠っていることはよくあった。
 けれどそれはまさに言葉どおり「一緒のベッドで眠った」だけの話であり、クライの胸にはなんとなく苦い思いと、うんざりとしたわずらわしさを呼びさますばかりだった。
 といって、きっぱりとこんなことをするなと拒絶することはできず、そんな自分に腹立たしさを覚えることも、数知れずだったのだ。
 けれども今は、なんの屈託もなく、幸せな気持ちでその人の眠る姿を眺めることができた。
 その人が、目覚めた自分の隣にいてくれることを、幸福だと心底から思う。
(もっと早く、自分の気持ちに素直になればよかったのかな)
 ふと思うが、それをしていたら、この三百年は互いにとってもっと辛いものだったかもしれないという気もした。
 少なくともそれは、ライラにとっては恰好の付け込む隙ではあっただろう。
 彼がそんなことを考えていると、小さなうめき声を上げて、ラフティが目を開けた。
「おはようございます。……何を見ているんですか?」
 問うて来る声は、わずかにかすれて妙に官能的に聞こえ、クライは少しだけ困ってしまう。
「別に。……よく寝てるなと思ってな」
 そっけなく答えると、ラフティは「ふうん?」と信じてなさげな声を上げ、身を起こした。その動きに沿って、ほどいたままの髪がそれ自体が生き物のように、ゆるやかに白い肌の上を這い、すべり落ちる。
 そのまま彼は、クライを軽く抱擁すると、頬にくちづけた。
「まだ、夢を見ているみたいですよ。……でも、夢じゃない。あなたはここに、私の隣にいて、なんだか困った顔をして私を見ている。……これは、現実です」
「ああ、現実だ」
 顔を覗き込んで来る相手に答え、クライは降参して吐息をついた。
「俺の方が、夢みたいな気がしてるよ。……ずいぶんと長い道のりだったよな。俺たちがまだフラナガンにいた時、もう少し戦争が長く続いているか、あるいはおまえが《神の塔》に行く必要がなかったなら、俺たちはとっくにこうなってた」
「ええ、たぶん」
 うなずいて、ラフティは空のように青い瞳を、少しだけ悲しげに伏せる。
「《神の塔》に移ってから再会するまでの間も、私はあなたのことを忘れることは、できませんでした。……もう二度と会えないと思っていたから、よけいに、だったのかもしれませんけれどね。ですから、あなたと再会した時には、本当に神はいるのだと思ったぐらいでしたよ。ただ、あなたはいつも友人としての態度を崩そうとしなかったから、そこが悲しくはありましたけれどもね。それでも、傍にいられるだけで幸せでした。だから、最初のころは、それで満足しようと思っていたのですけれどもねぇ」
 言って、彼は苦笑した。
「ふん。……五年や十年の話じゃなかったものな」
 小さく肩をすくめた後、クライはふと真顔になって謝罪する。
「悪かった」
「ずいぶんと、愁傷じゃないですか。……でも、訊いてよければ教えて下さい。再会した時、そしてその後も、あなたは本当に私のことをただの友人だとしか思ってなかったんですか?」
 ラフティは、そんな彼に少しだけ意地の悪い口調で言った後、つと尋ねた。
「それは……」
 クライは、思わず言葉に詰まり、顔をしかめる。だがすぐに、小さく溜息をつくと、しぶしぶ口を開いた。
「そんなわけないだろう。……フラナガンにいたころと、まったく変わってないおまえを見て、話すうちに、改めて俺は今でもおまえが好きなんだって自覚したぐらいだよ。だが、あの時でさえすでに、俺たちがフラナガンで別れてから、三十年が過ぎてた。《神の塔》でそれなりの地位を与えられて、友人も敵も、もしかしたら恋人や妻子だっているかもしれないと思った。それに俺も、もうフラナガンにいたころとは立場も何も変わっていたしな。だから、自分の心に蓋をすることにしたんだ。蓋をして、鍵をかけて、おまえとは友人としての関係を築いて行こうとな。……その後も、それを忠実に守っていたよ。おまえの言動に、決心がゆらいだことも何回もあったけどな。それでも自分の心に蓋をし続けたのは、本心と向きあったり行動に出たりして、おまえとの関係が変わるのが、怖かったせいだと思う」
 ラフティは、ただ驚いたように目を見張り、そんな彼の言葉を黙って聞いていた。
 だが、彼が口をつぐむと、泣き笑いのような顔でラフティは呟く。
「あなたって人は、本当に……」
 そのまま彼は、クライにしがみついた。
「いい年をして、まるで子供みたいじゃないですか」
「しようがないだろう。……どんな意味でも、おまえを失いたくなかったんだから」
 クライは困ったように言って、今は恋人となったその人の体を受け止め、ただなすにまかせる。
 そんな二人を、天窓から射し込む光が、まるで祝福するかのように照らし、包み込んでいた――。