第二章 塔の中の嵐

眠れる神を屠りしもの 1

【4】
 今度そこに立っていたのは、漆黒の肌と黒髪、金色の目を持つ長身の女――ネメシスだった。
「カイエに何をしたの?」
 険しい表情でライラを睨み据え、彼女は鋭く問いかける。
「別に何も。あれこれとうるさいから、静かにしてもらっただけよ」
 答えてライラは、小さく肩をすくめて付け加えた。
「もちろん、命に関わるようなことは、してないわ。するわけないでしょう? カイエは私にとっても大切なものなんだから」
 だがネメシスは、信じられないという目で彼女を見やると、黙ってその足元に横たわるカイエの方へと歩み寄った。身を屈め、外傷その他の異常がないか、自分に内蔵されているセンサーでスキャンする。そして、ただ気を失っているだけだと確認すると、彼女はようやく安堵の吐息をついた。そっとカイエを抱き上げる。
「連れて帰っても、かまわないでしょうね」
「勝手にしなさい。ただ、できれば当分の間、部屋から出さないようにしてもらいたいわね。その子が、よけいなことをあちこちにふれて回らないように」
 問われてライラは、尊大にうなずきつつも言った。
「ラフティが人質だという話は、ここではほとんどの者が知っていることだからともかくとして――クライの裏切りや逃亡のことだとか、それを私がラフティに追わせたことなんかは、あちこちでべらべらしゃべられては、困るのよ」
「人に知られて困ることばかりしてる、そっちが悪いんでしょ」
 軽く鼻をしわめて返したものの、ネメシスは溜息をついて付け加える。
「あんたに会って話したってなんにもならないって思ったから、ラフティから聞いていた事情を全部話したのに……誤算だったわ。でも、次は気をつけるわよ。カイエをイブリンの二の舞にはさせたくないもの」
 そうして彼女は、ぐったりと意識を失ったカイエを腕に抱えて、部屋を立ち去って行った。
 それをわずかに顔をしかめて見送った後、ライラは改めてドアに歩み寄ると、外に控えているエレンデルの侍従らに、グラディアスを呼ぶよう命じた。
 ほどなく、グラディアスが姿を現す。
「どうしたんだ? こんな所に呼び出すとは……猊下に何か……」
 言いかける彼に最後まで言わせず、ライラは大股に歩み寄るなり、その頬を平手でひっぱたいた。
「つっ……」
 グラディアスは、思わず顔をしかめる。たちまち頬が赤く腫れ上がり、口の中をどこか切ったのか、唇の端から血が滴った。
 それを軽く指先でぬぐって、顔をしかめたままグラディアスはライラを見やる。
「いきなりひっぱたくとは、いい挨拶だな。私が何かしたとでも?」
「なぜ、カイエによけいなことを教えたの?」
 鋭く問われて、グラディアスは更に顔をしかめた。
「彼女、本当にここまで押しかけたのか」
 低く呟き、肩をすくめる。
「私が会った時には、すでにネメシスに聞いたとかで、四位殿が人質だったことや、クライを連れ戻すために塔を出たことを知っていた。それでもおまえに会って話すんだと騒いでいたから、手間を省いてやろうと、ネメシスの言ったことは嘘ではないと教えたまでだ」
「そのつまらない判断のおかげで、エレンデルまでが知らなくていいことを知ってしまったのよ」
 ライラは小さく鼻を鳴らして、吐き捨てるように告げた。
「猊下が?」
 グラディアスも驚いたように目を見張り、そしてようやくそのエレンデルが床に倒れていることに気づく。
「猊下!」
 慌ててそちらに駆け寄り、抱き起こした。が、エレンデルはなおもぐったりと意識を失ったままだ。それを見やってグラディアスは、鋭くライラをふり返る。
「気を失っているだけよ。……あれ以上よけいなことを聞かせたくなかったから、非常手段を取っただけだわ」
 言ってライラは、肩をすくめた。
「この私が、エレンデルに危害を加えるわけないでしょう? エデン号はもうすぐ目覚めるのだし、あれを始動させるためには、この子の体内にあるキーが必要なんですもの」
 そうして彼女は、つとエレンデルの傍へと歩み寄り、身を屈める。
「この子は、ユリウスの完璧なクローンよ。エドマンドは成長しても、あまり彼の面影がないけれど、この子は時々、驚くぐらいそっくりな顔をすることがある。……でも、だからこそ確信できるわ。彼の中にあるキーも完璧にコピーできていると」
 呟くように言って、彼女はその髪にそっと触れ、口元を小さくほころばせた。
「もうすぐよ。……もうすぐ、エデン号は目覚める。その時にこそ、この子の生まれた意味が生じるのよ」
「ライラ……」
 グラディアスは、幾分驚いた顔で、そんな彼女を見やる。
「何を驚いているの? この子はもともと、そうした目的のために作られたものじゃないの。ユリウスは、たとえ拘束を解いたところで、けして私の言葉には従わないわ。エデン号を動かそうとはしないでしょう。だから、この子を作り、私に従順になるよう育てた――こんなこと、今更あなたに説明するまでもないことだと思っていたけれど、違ったのかしら」
 ライラはそれへ、鋭い目を向けて返した。
「それはわかっているが……おまえが、そんな顔をして笑うとは、思わなかったんだ」
「私が、どんな顔をしていたですって?」
 幾分とまどい気味に返すグラディアスに、ライラは面白そうに笑って尋ねる。その笑みは、いつもどおりの、どこか皮肉げで自信と相手への侮蔑に満ちたものだったけれど。
「……そうだな、まるで夢見る少女のような……そんな顔だった」
 問われてグラディアスは、生真面目に答える。
 たちまちライラは吹き出した。
「あらあら。それが本当なら、たしかにあなたが驚いても無理はないわね。……でも、エデン号が目覚めて、その中で同じく眠りに就いているエンリルに会える日を、私が夢見ているのは、本当だわね」
 それでも彼女は、半ば真顔でそんなことを呟いた。
「エンリルは、私にとっては半身にも等しいものですもの」
 言って彼女は立ち上がる。
「あなたがガブリエルを愛しく思っているように、いえ、それ以上に私にとってエンリルは愛しい存在よ。彼と共に戦場を駆け巡った日々のことを思い出すと、今でも全身が熱くなる気がするわ。……私がタナトスの連中に復讐してやりたいと考えているのは、何もこの星に閉じ込められたことを恨みに思っているからばかりじゃないの。私の大切なエンリルを、動けなくされたからよ。あの高揚感を、二人で一体となって戦うことの幸福感を、彼らが私から奪ったから。だから、彼らを許せないのよ」
 真紅の目を、一瞬激しく燃え上がらせて低く押し殺した声で言うと、彼女はきつく唇を噛みしめた。
 それを見やって、グラディアスは再び目を見張る。
 彼女とは長いつきあいだが、こんなふうに人間らしい心情を吐露するのを聞いたのは、初めてだった。
 だが、同時に彼は、自分が聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がして、思わず顔を背けた。
 小さく咳払いして、話題を変える。
「ところで、そのカイエはどうしたんだ? ここにはいないようだが」
「あんまりうるさいから、同じように意識を失わせて、ネメシスに連れて行かせたわ」
 そっけなく言って、ライラは倒れているエレンデルの方へと小さく顎をしゃくった。
「あなたを呼んだのは、エレンデルのことを頼みたかったからよ。寝室へ連れて行ってちょうだい。そして……そうね。常用性のない麻薬でも注射して、カイエの言ったことの記憶を曖昧にしてしまえばいいわ。もちろん、何か覚えているようなら、それは夢だったのだと思ってしまうように、あなたが言葉でなだめるのよ」
「……結局、私に尻拭いを押し付けるわけか」
 さすがにこれにはグラディアスも顔をしかめて、幾分嫌味たらしく呟かずにはいられなかった。
 が、ライラはそれにも堪えた様子はない。
「エレンデルは、あなたの担当でしょう?」
 平然と返されて、彼は思わず溜息をついた。とはいえ、エレンデルを寝室に運ぶことについては、否やはない。いつまでもこんなところに横たえたままにしておくなど、とんでもない話だったからだ。
 彼はもう一度吐息をつくと、ぐったりしたままのエレンデルの体を抱き上げた。そして、居間の奥に続く寝室へと立ち去って行く。
 それを見送り、ライラは小さく肩をすくめると、踵を返した。麻薬だけで、はたしてどこまでエレンデルの記憶を操作することができるかは、心もとなかった。けれども、さっきも言ったとおり、エデン号が自己修復を終えて動けるようになり、その始動キーを入れさせるまでは、なんとしても彼には何も知らず、自分たちに従順なままでいさせなくてはならないのだ。
 彼女はそのまま、ヒールの音を高らかに響かせながら、そこを立ち去って行った。

 エレンデルが目を覚ましたのは、それから三十分ほどが過ぎてからだった。
 目を開けて、自分が寝室のベッドの上にいることに気づいて、彼はぼんやりとどこからどこまでが夢だったのだろうかと考える。
『エデン号はもうすぐ目覚めるのだし、あれを始動させるためには……キーが必要……』
『この子は、ユリウスの完璧なクローンよ。……は、……もあまり彼の面影がないけれど、この子は時々、驚くぐらいそっくりな顔をすることがある』
 脳裏に、夢なのか現実なのかもわからない、ライラの言葉がとぎれとぎれによみがえった。
(エデン号? それはいったい、なんのことだろう。そして、私が誰かのクローンだなんて、きっと悪い冗談だ……。でも、ユリウス? どこかで聞いたような……)
 まだ、半分は眠りの余韻が残っているのだろう、ぼんやりとした頭で考える。
 が、ふいに。
(ユリウスは、私の父の名だ――!)
 そう気づいた途端に、彼は完全に目を覚ました。
「猊下、気がつかれましたか」
 ベッドの傍にいたグラディアスが、その気配を察して声をかける。
「グラディアス……」
 そちらを見やってエレンデルは、わずかに目をしばたたいた。
「私は、いったい……」
 意識を失うまでの記憶がつながらず、思わず尋ねる。
「その……ライラとお茶をしていて、急に倒れられたのですよ」
「私が?」
 言われて顔をしかめ、彼はふいにかぶりをふった。そんなはずはない。
 ライラからライリア滅亡とそれに関する報告を聞いた後、歓談しながらお茶を飲んでいた。そこへ、そう――カイエが来たのだ。
 彼の脳裏に、ゆるゆると記憶がよみがえる。
「そうじゃない。私は、ライラに気絶させられたんだ。彼女の爪が光って、それで私は……」
「まさか。ライラが猊下に危害を加えるなど、あり得ません。……ライリア滅亡と、それに関する話をしたとライラが言っていましたから、存外ライリアの滅亡への驚きが大きかったのではありませんか?」
 グラディアスは、即座に否定してやんわりと言い募った。
「けど……」
 言いかけて、エレンデルも言葉に詰まる。
 そんなふうに否定されてしまうと、あれは夢だったのではないかという思いが強くなった。ライラが付け爪に仕込んだ武器の衝撃は、それなりに大きかったものか、意識を失う前の記憶には、微妙に現実味が欠けているのだ。そのくせ、目覚めた時に脳裏によみがえったライラの声と言葉は、不思議なほど鮮明に頭に残っている。
 そんな彼を見下ろして、グラディアスは言った。
「猊下。もうしばらく、お休みになっていて下さい。どちらにせよ、今日は休日ですからね」
「あ……。うん、そうだよね」
 うなずいて、エレンデルは素直に上げかけた頭をまた枕の上に戻す。
 それへ微笑みかけて、グラディアスは布団をかけなおしてやると、軽く挨拶して部屋を出て行った。
 寝室の外に出て、彼は小さく吐息をつく。
 エレンデルの記憶が曖昧なのは、意識を失っている間に彼が、ライラに言われたとおり、常用性のない麻薬の一種を少量、注射しておいたせいだった。それを体内に注入されると、軽い意識の混濁が起こる。つまり、自分の身に起こったことが事実なのか夢なのか、区別がつかないような状態になるのだ。
 カイエが彼の前で暴露したことはどれも、言葉を弄してごまかせるようなものではない。殊に、ライリアの滅亡に関わる真相や、ラフティがクライと戦うために塔を出たなどという話は、どうやったところでごまかすのは難しいだろう。ならばいっそ、エレンデルの記憶自体を操作してしまえばいいと、ライラは考えたのだろう。
 もちろん、しばらくは記憶を取り戻さないように注意して見守る必要があったし、カイエとは会わせない方がいいだろう。が、とりあえず今は、静かに休ませるべきだろうとグラディアスは思う。
 一方、エレンデルの方は、グラディアスの背を見送ると、再びベッドの上で目を閉じた。眠ろうと努めるものの、その脳裏にライラの「この子は完璧なユリウスのクローンよ」という言葉がこだまする。
 ユリウスは、先の法王で、エレンデルにとっては父親だと教えられて育って来た。
 もっとも、その人に会ったことは一度もない。グラディアスに見せてもらった記録映像は公的なものばかりで、私的なものは一つもなかったから、どんな人だったのかも今一つはっきり把握していない。
 ただ、グラディアスやライラはその人を、寛容で偉大な人物だったと言う。殊にグラディアスの言葉の端々には、その人に対する思慕のようなものも仄見えて、エレンデルは漠然と尊敬されていた人なのだと感じていた。
 けれども、その程度だ。
 父というなら、それこそグラディアスの方がよほどそんなふうに感じられる。
 それでも、自分がその人のクローンかもしれないと考えることには、抵抗があった。
 クローンというのは、ようするに作り物だ。
 クローン技術は、エテメナンキの治療師たちが主にクラリスを中心に、医療技術に応用していることは、エレンデルもよく知っていた。
 疾患があって移植が必要な臓器や、怪我などで失われた肉体の一部を患者当人の細胞から作り出したクローン臓器やクローン体を移植して補うのだ。
 ただ、一固体全てをコピーしたクローンは、動物では存在するが、人間では作られていない。いや、公的にはそういうことになっている。
(私は……先の法王ユリウス……父上に、似ている?)
 ふと、エレンデルは胸に呟く。
 グラディアスに見せてもらった記録映像の記憶をたどる限りでは、それほど似ているところがあるとも思えなかった。けれど。
(ライラがあんなふうに言うのなら、似ているところがあるのかもしれない。それに……そういえば、時々グラディアスは私を、懐かしげな目をして見ていることがある……)
 これまでは、自分の勘違いかもしれないと、さほど気にしてはいなかった。
 でも、もしかしたらあれは、自分の中にある先の法王の面影に対するものだったのかもしれない――と、ふいにエレンデルは思った。
(……私に関するデータも、この塔のコンピューターのデータバンクの中にあるはずだ。それを、探してみてもいいかもしれない)
 エレンデルはふと、そんなふうに考える。
 もちろん、データが重要なものであればあるほど、そう簡単に見られるとは思えなかった。あるいは、簡単に見つかったとしても、それが本物の自分のデータではない可能性もある。
 それでも、このまま疑いを抱いてただじっとしているのはいやだと、彼は強く思うのだった。

 その夜。
 すでに誰もが寝静まり、彼自身もいつもなら床に就いているはずの時間帯に、エレンデルは一人ベッドの上に起き上がり、膝の上に乗せた薄型のコンピューター端末機の画面に見入っていた。
 そこに表示されているのは、彼自身のデータだった。
 《神の塔》の住人たちのデータは全て、人民管理局によって管理され、塔のコンピューターのデータバンクに納められている。それを閲覧できるのは、人民管理局の一定の地位にある者の他は、大司祭と《至高天》の面々、そして法王であるエレンデルだけなのだった。
 とはいえ、エレンデルがこうして実際にコンピューター端末機を介してデータを閲覧するのは、ほとんど初めてのことだった。
 彼の周囲にはごく限られた、選ばれた人間たちしかおらず、それも引き合わせられた最初に、グラディアスなりライラなりからどういう人物であるという説明が成される。また、テレンスが声明を発表して以降は、彼の周囲は厳重に情報が選別され、不要だと判断されたものは遮断されてしまっている。おかげで、何事か彼が尋ねる前に全ての答えが用意されているといった状況が作られていた。
 そうしたことから、これまで彼は誰かの情報を自らデータバンクにアクセスしてまで調べようとは、考えたこともなかったのだ。
 彼自身のデータを検索するのは至って簡単で、検索窓に名前を打ち込むだけで、事足りた。
 そこには、彼自身の顔写真と共に、出生日時や身長体重年齢といったものが、事細かに表示されている。ただし、そこには彼が欲しい情報はなかった。
 うわっつらの、これまで彼がグラディアスらに教えられて、事実だと信じて来たことが書かれているだけなのだ。
 それでも彼は丹念にそれらを読み、ページのあちこちにポインターを乗せて動かしてみたりする。
 彼は、ページのどこかに、その情報につながる隠しリンクのようなものがあるのではないかと、考えていたのだった。
 しばらくその画面上をうろうろしていた彼は、そのページの一番下に、背景と一体になるかのような色で張られたリンクを見つけた。
 それをクリックすると、現れたのはパスワードの入力窓だった。
(パスワード……か。やっぱり、そう簡単には中を見せてはくれないよね)
 それを見やって顔をしかめながら、エレンデルは胸に呟く。
 そうして彼は、それがかなり重要な情報に違いないという思いを強くした。
 というのも、ごく限られた、それもエテメナンキ上層部の人間しか閲覧できないデータの一つに更にパスワードがかけられている、ということ自体が不自然だと感じられるからだ。
 ちなみに、データバンクへのアクセスには、それぞれが与えられたIDとパスワードが必要になる。
 エレンデル自身もさっき、自分の持っているそれを入力して、ここにつなげたのだ。
 エレンデルは少し考え、データバンクへアクセスするためのパスワードを、その入力窓に打ち込んでみた。
 だが、エンターキーを押した途端に、「パスワードが間違っています」というメッセージが画面上に現れる。
(……つまりこれは、これ専用のパスワードがあるってことか)
 胸に呟き、彼は小さく唇を噛みしめた。
 それからしばらくの間、彼は思いつく限りの文字と数字の組み合わせを、その入力窓に打ち込んでみた。だが、どれも最初と同じエラーメッセージが出るばかりだ。
 とうとう彼は、大きな溜息をつくと、データバンクへのアクセスを切断した。
(やっぱり、そう簡単にはいかないよね。でも……あれが、ただの夢だったのか、それとも本当にライラが言っていたことなのかを、私は知りたい。たぶん、ライラに聞いても本当のことは教えてもらえないだろう。それこそ、ただの夢だと一笑に伏されて終わりだ。だから、絶対にいつか、このデータを見てやる)
 彼は、コンピューター端末機を終了させながら、唇を噛みしめ、胸に呟く。
(だけど、焦らない。毎日、こうやって少しずつ、違う組み合わせを試してみよう。そうすればいつかかならず、合致するパスワードに出くわして、中を見ることができるはずだ。かならず……)
 彼は、自分自身に言い聞かせるように更に呟いて、大きくうなずいた。
 そのまま彼は、薄型の端末機をベッドの傍の小卓の上に置くと、横たわり目を閉じる。
 だが、彼の上に安らかな眠りは、なかなか訪れてはくれないようだった――。