第三章 ライラの野望

眠れる神を屠りしもの 1

【4】
 立ち去るライラの背を見送って、リリスは小さく溜息をついた。
「相変わらずだな、ライラは……」
「ですがこれで、本当に彼女の計画が始まってしまったということです」
 先程からずっと黙って成り行きを見守っていたサディケルが、つと口を開く。
「ああ……」
 うなずいて、リリスは改めて彼女が立ち去った方を見やる。
「ここでの一万年は、長かったな。だが……多少はその甲斐もあったかもしれないという気はするな。少なくとも、エンリルは格段にパワーアップしているだろう」
「この一万年の間に行われたさまざまな戦闘のデータと、そしてアンゲラたちのそれ――その全てがこの塔のコンピューターに集約され、解析されて、エンリルの戦闘プログラムをバージョンアップすると共に、データそのものも上書きして行っているのでしたね」
 サディケルが、低い声で言った。
「そうだ。……つまりエンリルは、エデン号の自己修復を待つ眠りの中にいながら、この一万年間の戦闘全てに参加していたも同じ状態というわけだ。それだけの戦闘経験を積めば、学習型の機体なら格段に強くなって当然だろう」
 うなずいて返すと、リリスは少しだけ皮肉な笑いを口元に浮かべる。
「もっとも、私たちが一万年、この星であれこれやっている間には、タナトスでもまたさまざまな進歩や向上が見られるだろうがな」
「まさか、エンリルと変わらないほどにバージョンアップした機体が、すでにあちらにはあると?」
 サディケルが、わずかに眉をひそめて問い返した。
「さあな。それはわからないが……ヘル・アンゲラの次世代機が出ている、なんて可能性もなくはないだろう? なにしろタナトスは、戦闘に関しては最優先だからな。タナトスのあらゆる科学や技術は全て、戦闘能力を上げるためにのみ、発展して来たと言っても過言ではないほどだ」
 小さく肩をすくめて、リリスが答える。
 それを聞いてサディケルは、低い溜息をついた。
「私は、あなたやイーヴァ、ライラの話でしかタナトスという星を知りませんが……なんとも恐ろしい所だと感じます。つまりそれは、戦いに勝つことだけが全てだということでしょう?」
「まあ、そうだな。……もちろん、タナトス人を一人一人見ていけば、誰もが戦いに勝つこと、そのために強くなることだけが望みというわけでもないのだろうとは思う。だが、集団として見てみれば、そういう傾向が強いのはたしかだ。殊に政府は、そうした方向に人々を引っ張って行こうとしているし、そうしたことを奨励している」
 リリスは言って、小さく苦笑する。
「だから、そのやり方に反発する者やそぐわない者、和を乱す者は嫌われるわけだ。我々のように」
「あなたも、政府からは嫌われていたと……そう思っているのですか?」
 サディケルは、軽く首をかしげて尋ねた。
「おそらくはな。私だけじゃない、イーヴァもユリウスも、今は亡きイブリンもそうだろう」
 リリスは言って、皮肉げに口元をゆがめる。
 彼自身は遺伝子工学と生体物理学の両方を専門にしていて、タナトスでは両方共に権威と呼ばれるほどの業績を収めていた。だが、政府のためではなく自分がやりたいから研究をしているのだという姿勢の彼は、政府上層部からは、あまりよく思われていなかったフシがある。
 実際、彼はタナトス政府とは何度も揉めていた。それは、研究の成果を実用化する際のことだったり、論文の些細な言い回しの件だったりしたが、揉めるたびに溝は深まって行ったように感じていた。
 イーヴァにしても似たようなものだ。いや、彼の場合は、あの性格だけに、もっとはっきりと政府上層部からは煙たがられ、他の光子力学者たちからも遠巻きにされていたものだ。
 逆にユリウスとイブリンは、同じ宇宙船乗りやアンゲラのパイロットたちからは、それなりに慕われている存在だった。ただ、どちらも政府にとっては、不要な存在ではあっただろう。
 ユリウスはどちらかといえば平和主義で、他の星を力で制圧して行くタナトス政府のやり方を、あまりよく思ってはいなかったのだ。そのせいで、時には上官に逆らうことも、また政府に逆らって処分の決まった部下をかばうようなこともあった。政府にとっては、そうした行動が目障りだったとも言えるだろう。
 イブリンもまた似たようなところがあった。
 彼女は、腕前で言えば上級クラスの兵士だったが、無駄に破壊や殺戮をする必要はないという考え方を持っていた。なので、タナトス政府がよくやる、敵対勢力を最後の一人までたたきつぶすやり方には、批判的だった。
 彼らだけではなく、エデン号に乗せられてこのヒプノス星へと送り込まれた人間のほとんどは、きっとなんらかの理由で政府にとっては邪魔で、不必要な者ばかりだったのだろう。
 リリスは――いや、ライラもイーヴァも、昔ネイジアから聞かされた話から、そんなふうに思っていたのだった。
 リリスの言葉に、サディケルは小さく肩をすくめた。
「なるほど。つまりこのヒプノスは、タナトス政府にとっては、ゴミ捨て場のような場所だったわけですか。……でも、そこであなたたちが生きながらえ、この星に新しい人類や文化文明を誕生させて、復讐の牙を研いでいたと知ったら、タナトス政府は驚くでしょうね」
「ああ。……だが、私はこのごろ思うよ。そこまでして復讐し、我々が生きていたことを、あいつらに教える必要があるんだろうか、とな」
 うなずいて、低い吐息と共に、リリスは呟くように言う。そして、サディケルをふり返った。
「私は、これでもこの星でのくらしが、けっこう気に入ってるんだ。……今はたしかに、いろいろ問題が噴出しているが、それも一部はライラの強引なやり方が原因だ。タナトスへの復讐を頭から閉め出して、まっすぐ問題に向き合えば、解決できないことではないと思う」
「例の、妖魔化・悪霊化の件も……ですか?」
「ああ」
 問われて、リリスはうなずいた。
「ワクチンも、ようやく目処がついて来たところだしな」
 そうなのだった。妖魔化・悪霊化を抑制するワクチンの開発も、ようやく何をどうすればいいのか、形になり始めていた。
 人間をはじめとして、動物も植物も、体から微量の電磁波を放出している。それは基本的には周囲に対してまったく無害なものだが、体調や感情の起伏によって波長が変わり、時には外部に影響を及ぼしたり、あるいは自分自身を守ったりする働きをすることがあった。
 こうしたことは、ラボはもちろんのこと、各国の研究者らの間でも、一般的に知られている事実だった。
 リリスとイーヴァがワクチンの方向性として今考えているのは、その電磁波の質を変えて、この星を包む特殊な電磁波から肉体を守る殻というか、バリヤーのような役目を持たせるというものだった。
 当初は遺伝子や体細胞に対して働きかけるワクチンを作る方向で進んでいた彼らだが、それは不可能に近いという結論に達した。
 遺伝子は、いじりすぎると本来の特徴を失ってしまう。また、細胞の変質を抑制する薬は、原因がこの星を包む電磁波である以上、完璧にそれを抑えることは不可能だった。この星で生きてくらしている限り、電磁波の影響を受けないわけには行かず、いくら細胞の変質を薬で抑制してみても、それは日々変わって行くしかないのだから、どうしようもない。
 考えに行き詰った彼らに、新しい方向性を与えたのは、ライリアで開発されていたバリヤーの原理を応用した抑制装置だった。肉体そのものを、電磁波から守るバリヤーで包んでしまうというその考え方に着目し、そこから更に思考を飛躍させたのだ。
 これについてはすでにライラにも報告し、開発を急いでいるところだった。
 ただ、ライラはもはや、そのことにはそれほど乗り気ではないようだったけれど。
 ましてや今、新たな肉体を得たとなっては、ますます彼女の心はそこからは離れて行ってしまうだろう。
「……結局、ライラはどれだけ年月が経っても、タナトスが恋しいのかもしれないな」
 リリスは再び、半ば吐息のような呟きを漏らした。
 そうして、いまだベッドに横たわったままのライラの以前の肉体へと歩み寄る。
「運んでくれ。処分場へ送る」
「はい」
 うなずいてサディケルもそちらへ歩み寄ると、ライラの以前の肉体をその腕に抱え上げた。

 一方。
 ラボを後にしたライラは、七耀しちよう殿の白虹舎へと戻ったわけだったが、彼女を迎えた女官らのとまどいは大きかった。
 もとより、彼女に仕える女官や衛兵らは躾が行き届き、彼女がリリスやイーヴァらと耳をおおいたくなるような会話をしようと、グラディアスに暴言を吐こうと、聞こえていないふり見えていないふりをして、ただ黙って自分の仕事に従事することを常としていた。
 けれどもさすがに、今のこの事態をは、誰もがどう考えていいかわからなかったのだろう。
 その肉体は実際にはカイエのものだったが、そう思う者は稀だった。
 いかに《神の塔》の中枢に位置する人間に仕えているとはいえ、人の肉体から肉体へ人格や記憶を移すような技術があるとは、多くの者は思ってもいないからだ。
 それにまた、十七の少女の姿ではあっても、真紅の髪や目も顔立ちも、そしてその立ち居振る舞いも、そこにいるのはライラ以外の何者でもなかった。
 なので彼らは、ずいぶんととまどいながらも、「ライラはなんらかの方法で若返ったのだ」と考え、その姿を受け入れると共に、普段の平静さを取り戻して行ったのだった。
 ライラの方はしかし、そんな彼らの様子になどまったく頓着してはいなかった。
 彼女は白虹舎へ戻ると、その地下へと足を運んだ。
 その一画には、退魔師らの封印魔法によって意識を失ったままのネメシスが、閉じ込められているのだ。
 彼女が向かったのは、その部屋だった。
 入り口には、ネメシスを封じた退魔師らが二人、張り番をしていた。彼らもまた、カイエの体となったライラを目にして、一瞬とまどいを見せる。だが。
「ドアを開けてちょうだい。そして、ネメシスを起こして」
 尊大に命じるその口調に、すぐにとまどいは消えたようだ。
 うっそりとうなずくと、一人がドアを開け、先に立って中へと入って行く。もう一人が、ライラに続いて中に入るように手振りで示した。
 ドアの向こうはそれほど広くはない。ネメシスは、部屋の中央に据えられた、等身大の円筒形のカプセルの中に閉じ込められていた。かつてウリエルがそうされていたように、首と手足を金属の枷で固定されており、そこにそれぞれ、封印を意味する紋章が刻まれている。
 先に中に入った退魔師がカプセルに触れると、側面の一画がスライドして中に出入りできる程度の空間が開いた。そこから中に入ると、退魔師はネメシスの手にはめた枷をはずす。
 と、ネメシスの眉間に小さなしわが寄ってまぶたが動き、やがて彼女は目を開けた。
 ただ、まだ足と首に枷がはまっているためだろう。彼女はどこか、ねぼけた人のようなまなざしで、カイエの姿のライラを見詰めた。
「カイエ……?」
 少しだけ、怪訝そうな声が、その口から漏れる。だが、次の瞬間、彼女は激しく目をしばたたいて叫んだ。
「カイエじゃないわね? あんたは誰?」
 激しい誰何の声に、ライラは満足げに笑う。
「さすがに反応が早いわね。……誰だと思って?」
「ライラ……ライラなの……」
 告げられた言葉に、ネメシスは相手が誰かを悟って、呆然と呟いた。そして、ふいに気づいたように叫ぶ。
「カイエをどうしたの。……その体は、彼女のものよね? だから、あたしはまだ眠りに就かないで、こうしているんだわ」
「そのとおりよ。面白いわよね。肉体が滅びていなければ、《天使》のシステムは主が死んだとは判断しないなんて。もっとも、カイエは死んだわけではないけれどもね」
 言って、ライラは再び楽しげに笑う。
「カイエの人格と記憶は、今はこの肉体にはないわ。データ化して、ラボのコンピューターに保管してあるの。――カイエはね、もともと私の新しい体とするために、ラボが造り出したものなのよ。私の今までの体はナノマシンだったけれど、それではエンリルと一つにはなれないわ。あなたもそれは、知ってるでしょう? だから、この星を包む電磁波の影響を受けない生身の体を造ったのよ」
「だったらどうして、あたしを探させたの。……あたしの前に、カイエを立たせたの!」
 聞くなりネメシスは、どこか血を吐くような叫びを上げた。
「カイエには強くなってもらいたかったからよ。それに、エンリルと一つになることに、耐えられる体かどうかも試す必要があったわ。――アンゲラ『ネメシス』を操れるなら、問題ないでしょう?」
 ライラは平然と返して、続けた。
「それよりも、ネメシス。私に協力してくれるわね?」
「協力? 主のいないこのあたしに、何をしろっていうの?」
 瞳も虹彩もない金色の目でライラを睨み据えて、ネメシスは問い返す。
「主はいなくても、そうやって動けていれば、充分役に立つわ。ジブリールは、主のないまま《天使》だけでアンゲラを起動して、一時間近く戦い続けたのよ。あなたなら、もっとやれるでしょう? それにもちろん、一体だけで戦えとは言わないわ」
 ライラは言って、真紅の目でネメシスを見返した。
 一瞬、二人の目がぶつかり、火花を散らすかに見えた。
「あたしが、あんたの言うことを聞くと思うの?」
「ええ。……さっきも言ったでしょ? カイエの人格と記憶はデータ化してラボにあるって。それがあれば、新しい体を造って、データを移行することも可能よ? 彼女は文字どおり『生き返る』わ」
 小さく口元をゆがめて返すライラに、ネメシスは唇を噛む。
 ライラの言っていることが本当か嘘か、彼女には判断がつかなかった。
 彼女が心をつなげていたのはカイエであって、ライラではない。だからその心を読むことはできなかったし、かといってその言葉が絶対嘘だとも言いきれない。
 ライラたちが、人格や記憶をデータ化できる技術を持っていることは、ネメシスも知っていた。
 彼女自身もタナトスで造られ、一万年前にライラたちと共にここへ来た存在なのだ。だから、タナトスにある技術のことについては、知識も持っていた。
 また、主なしで戦うことについては、たしかにできなくはない。
 アンゲラには、戦闘中にパイロットが意識を失うなどして操縦不能に陥った時などのために、《天使》がパイロットに代わって操縦するシステムが積まれている。かつてジブリールは、それを利用してパイロットのいないままに、アンゲラに搭乗して戦うということをやってのけた。
 しばしの逡巡の後。
 ネメシスは小さく吐息をつくと、言った。
「わかったわ。……何をすればいいの?」
「もうすぐ、エデン号の自己修復が終わるわ。そしたら、私たちはタナトスへ向かう。私たちをこの星に捨てた連中に復讐し、目にもの見せてやるためにね」
 そう告げるライラの瞳が、一瞬、更に赤く激しく燃え立つ。
「あなたは、他の《天使》たちと共に、アンゲラで戦ってくれればいいのよ。……あなただって、タナトス上層部の連中には、一泡吹かせてやりたいでしょ?」
 だが、ネメシスはそれには同意せず、小さく肩をすくめただけだった。
「……復讐なんて、今更だわね。イブリンを殺したのは彼らじゃなく、あんたたちだもの。でも、いいわ。それがあんたの望みだっていうなら、協力するわよ。そのかわり、約束して」
 言うなり、ネメシスは厳しい目でライラを見据える。
「その復讐が終わったら、カイエを元に戻すって。そう、その体を彼女に返してちょうだい。だってその体と心がそろって、カイエだわ」
「あらあら。この体じゃなきゃ、いやだって言うの?」
 ライラは揶揄するように言って、小さく声を立てて笑った。
「まあいいわ。約束するわよ、もちろん。復讐が終わったら、この体はカイエに戻すわ。……それでいいわね?」
「ええ。絶対に、約束よ」
 ネメシスはなおも、念を押すように告げる。
「ええ。約束するわ」
 ライラはどこか、歌うように返した。
 その口調に、ネメシスはふいに胸が痛むのを感じる。唐突に、ライラにはそんな気はまったくないのだと、感じられたのだ。だが一方では、一縷の希望にすがるしかないのだとも思う。たとえライラのそれが、口先だけのものだとしても、それでも少しでも希望があるなら、それを信じて行動するしかないのだと。
 そんな彼女を尻目に、ライラは退魔師たちをふり返った。
「ネメシスを、自由にしてやってちょうだい」
「はい」
 一人がうっそりと頭を下げると、足と首の枷もはずす。
 ようやく完全に自由になって、ネメシスは小さく頭を左右にふると、低い吐息をついてカプセルから歩み出た。
「あなたには、この白虹舎に部屋を与えるわ。今日からは、そっちでくらしなさい」
 それへライラが声をかける。
「わかったわ。でも……衣類とか、カイエのものを取りに、一度ラフティの住居へ戻っていいかしら」
「いいわよ」
 問われて鷹揚にうなずいたものの、ライラは退魔師の一人に、一緒に行くように命じた。ネメシスを自由にはしたものの、完全に信用してはいないのだ。
 退魔師と共に部屋を出て行くネメシスを見送り、もう一人の退魔師には任務は終わりだと告げて、ライラもまたその部屋を後にする。
 自分の部屋へと戻り始めた彼女だったが、ふいに足を止めた。思わず眉根を寄せ、胸元を片手で押さえる。何かが、自分の中で身もだえしているような、気持ちの悪い感覚があった。
(何? これは……)
 体のどこかで、声にならない声が響いている気がした。
 その声は、ここから出せと叫んでいるようにも、体を返せと叫んでいるようにも聞こえる。
(まさか……カイエ?)
 ふいに、その声の主が誰なのかに気づいて、ライラは更に険しく顔をゆがめた。
 自分の人格と記憶がこの体に移った時点で、カイエのそれは上書きされて消えているはずだった。だが、一方で、自分のものではない何かが体の内側にいる感覚はひどく鮮明で、間違えようのないものでもあった。
(消えなかったというの? 消えずにまだこの体に残っていて、取り戻そうとあがいていると?)
 ライラは胸に呟き、きっと表情を引き締めた。
(冗談じゃないわ。この体は、もう私のものよ!)
 胸に激しく叫ぶなり、彼女はまっすぐに背筋を伸ばす。
(おまえなんか、このまま消え去りなさい)
 強くきっぱりと、体の中の何者かに告げて、彼女は意識でそれをねじ伏せた。
 それでもそれは、しばしの間もがき、声にならない声を放ち続けていたが、次第に動きは弱くなり、声も小さくなって、やがては消えて行った。
 それを確認して、ライラは小さく吐息をついた。
(カイエのデータが残っているなんて、冗談じゃないわよ。……もう一度ラボで、リリスに検査してもらう方が、いいかもしれないわね)
 胸に呟くと、彼女は再び歩き出した。
 白虹舎の地上階に到着すると、彼女は少しだけ迷うそぶりを見せた後、部屋へは戻らず女官を呼んで車を用意するように命じると、そのまま玄関へと向かう。
 やがて、彼女が乗り込んだ車は、再びラボに向けて発進した。
 神聖暦五〇〇〇年、十の月はじめ。
 こうして《神の塔》の内部では、さほど多くの者に知られないままに変革が起こり始めていたのだった――。