第四章 ニエベスの秘密会談

眠れる神を屠りしもの 1

【1】
 神聖暦五〇〇〇年十の月八日。
 アニエスの都ニエベスのはずれにある小さな離宮は、時ならぬ人のざわめきで満ちていた。
 その離宮は俗にラウ離宮と呼ばれ、クーデターが起こる以前はラザレスの父ジェイドが家族と共に休日を過ごしたり、国内はもとより各国の芸術家らを招いて、さまざまな催しを行ったりした場所だった。
 大理石を主として造られた白亜の宮殿は、小さいが天井や壁、柱の隅々に至るまで手の込んだ内装が施され、見る者の目を楽しませる趣向に富んでいた。
 ただ、そうしたものに一切興味を持たなかったロドニウスにとっては、この離宮は不要なものと映ったらしい。そのため、彼が王位にあった十一年の間、ラウ離宮は誰からも省みられることもないまま放置されており、荒れ放題だった。
 ラザレスはそのことに心を痛め、王位に就いてほどなく、ラウ離宮の清掃と傷んだ箇所の修復を命じていた。
 それもあって、まだ離宮全体を使えるまでには至っていないものの、三つある殿舎のうち中央の主殿はどうにか清掃と修復を終え、かつての美しい姿を取り戻している。
 その日、人のざわめきに満たされていたのは、その主殿であった。
 集まっているのは、ラザレスがひそやかに声をかけた各国首脳たち――マリア大公ルロイヤ十五世、西ゲヘナ大統領ジョージ・カッシーニ、そしてランドルフとラナの四人と、彼らに随行する従者や秘書官、護衛といった人々である。
 とはいえ、なるべく目立たないように、とのラザレスの要請で、彼らが従えて来ている人数もごく少数のものだった。
 彼らが到着したのは、その日の朝早くのことで、ラザレスが用意させた軽い朝食をしたためた後、四人はそれぞれ侍従や秘書官を従えて、主殿の一画にある広々としたサロンへと足を運ぶ。
 そこはもともと、ジェイドが芸術家らを集めてその意見を聞いたり、彼らの作品発表の場とするために整えた部屋だった。そのため、中央の部分が一段低い円形の舞台となっており、その周囲にソファが据えられている。ソファとソファの間には、小さなテーブルが置かれていて、軽食やお茶などをそこに置いて楽しむこともできるようになっていた。
「ほほう。この部屋も、また使えるようになったのですな」
 その部屋に案内されて、真っ先に口を開いたのは、ルロイヤ十五世だった。
 そろそろ六十近いこの大公は、生前のジェイドら夫妻とも親交があって、この離宮にも何度か招待されて滞在したことがあったのだ。
「そのようですわね。……懐かしいこと。また以前のようにここで、各国の芸術家たちを招いて大きな催しなどができるようになれば、よいのですけれども」
 うなずいて、懐かしげに室内を見回したのは、もちろんラナである。
「そうですな。……そのおりには私もまた、宮廷画家たちや楽士らを伴って、催しに参加させていただくことといたしましょう」
 笑顔で返した後、ルロイヤは顎にたくわえた金色のヒゲを軽くなでながら、ラナに探るような目を向けた。
「ところで……このたびのこの集まりは、実際のところどういったものなのでしょうな? 私はラザレス殿より、この世界の趨勢に関わる重大な話があるので、ぜひともと言われてここに来たのだが。そして、先程少し話したところでは、どうやら他の方々も同じことを言われて、ここに来たようなのだが……」
「言葉どおり、とても重大なお話ですわ」
 穏やかに返すラナに、ルロイヤは軽く眉をひそめる。
「つまりそれは、七の月にフラナガンより発せられた、例の声明が関係あるということですかな?」
「それは……」
 ラナが言い淀んだ時、そんな二人のやりとりが聞こえていたのだろう。西ゲヘナ大統領のジョージ・カッシーニが口を挟んだ。
「やはり、例の声明に関係のあることなのですか。……ラザレス陛下よりお誘いをいただき、もしやしてと思ってはいたのですが……」
「いえ、それは私からは、まだ申せませんわ。……ただ、重大なお話であることだけは、たしかですけれども」
 ラナはそれへ、穏やかにかぶりをふって返す。
 そこへようやく、ラザレスが姿を現した。
 彼は一人ではなく、宰相のロベルト・レモラスと《天使》ケルピム、そしてルロイヤらの知らない二人の男――クライとラフティを従えていた。
 宰相のロベルトは、三十を少し過ぎたぐらいだろうか。黒い髪と黒い目、褐色の肌をして、額にはむろん赤い六芒星の刺青――「ルーフの印」が施されている。ロドニウスの起こしたクーデターで宰相を務めていた父と共に母をも殺され、後にはラザレスと共に反政府軍の中枢として政権を取り戻すために戦った人間の一人だった。今は、亡き父の後を継ぎ、ラザレスを公私共に助ける身でもある。
 むろん彼もまた、ラザレスと同様にそこに集まった人々とは面識があった。
 個別の挨拶はすでに彼らがこの離宮に到着した際に済ませている。
 彼ら五人は、中央の一段低くなった円形の舞台へと降りて行くと、その真ん中あたりで足を止めた。ラザレスがルロイヤやラナたちの方をふり返り、軽く見上げるようにして口を開く。
「本日は、俺の勝手な願いを聞き届け、こうしてお集まりいただいたこと、まずは礼を言います。ありがとうございました」
 彼は、人々に向かって軽く一礼すると、改めて彼らを見やった。
「さて。ともかくは、お好きな席にお着き下さい。おそらく、話はずいぶんと長いものになるかと思いますので」
 言われて人々は、思わず顔を見合わせる。そうして、思い思いにソファに腰を下ろした。
 それを待って、ラザレスは自分が伴って来た四人をふり返る。
「まずは、こちらの者たちを紹介しよう。こちらは我が右腕にして、大臣らの要たる宰相を務めるロベルト・レモラス。その隣は、俺の《天使》ケルピム。それから、クライ・カシアス殿とラフティ・クワイアス殿だ」
 紹介されて、それぞれが軽くルロイヤたちに頭を下げる。
 その全員と面識のあるラナはともかくとして、ケルピムにはジョージとランドルフが、ラフティにはランドルフのみが、それぞれ驚く様子を見せた。
 殊にランドルフは、ラフティの名を聞くと、まじまじとそちらを見詰めた後、立ち上がってそちらに歩み寄りかけた。
「あなたが……女王の……」
 その呟きに、ラフティの方もすぐに相手がライリアの首相だと悟って、小さく微笑み返す。
「はい。お初にお目にかかります。ラフティ・クワイアスです」
「首相を務めております、ランドルフ・ボレロです」
 ランドルフも名乗って、幾分うなだれるかのように頭を垂れた。
「申し訳ありません。あなたを人質として差し出すようなことまでしておきながら、結局我々は祖国をも女王をも守ることができませんでした」
「いえ……。それはけして、あなたのせいではありませんよ。どうぞ、ご自分を責めるようなことはしないで下さい」
 ラフティはそれへ、小さくかぶりをふって返す。
 だが、このやりとりは三百年前のライリア独立に関する裏の事情を知らないジョージには、訳のわからないものだったようだ。
「不躾ながら……そちらの方は、ライリアに関係のある方なのですかな?」
 軽く眉をひそめて問うて来る。
「そのあたりのことは、今回の話とも関係のあることですので、俺から説明いたします」
 問いに答えたのは、ランドルフでもラフティでもなく、ラザレスだった。
 彼はランドルフに着席するよう言うと、改めてクライとラフティの方をふり返る。
「まず、こちらの二人が何者なのかを、話しましょう。その後、二人からみなさんにお聞かせしたい話を、してもらいます」
 言ってラザレスは、クライとラフティの素性を語り始めた。
 ラフティが、《天使》の主であり、もとはライリアの軍人で、女王ネイジアの養い子であったこと。だが、三百年前の独立戦争終結の条件の一つとして、エテメナンキの《神の塔》で人質として捕らわれていたこと。また、クライの方も同じく《天使》の主で、エテメナンキの《アサシン》と呼ばれる工作部隊のリーダーだったこと。しかし、任務の失敗から投獄され、自由意志を奪う薬を投与されそうになったことから、《神の塔》を脱走して来たこと。そして二人が旧知の仲であることなどを。
 ランドルフたちは黙って話を聞いているものの、その反応はさまざまだった。
 中でも、急に何かに思い当たったかのように顔を上げ、まじまじとクライを見詰めるという反応を見せたのは、ルロイヤだった。
「クライ・カシアス……そうか。妙に聞き覚えがある名前だと思ったら……三百年前、我が国にいた画家と同じ名なのだな……。だが、しかし……」
 呟きとも取れるその言葉に、とうとう我慢しきれなくなったように、ラナが小さな笑いをこぼして返す。
「その画家こそが、そこにいる彼なのですわ、ルロイヤ殿」
「ラナ殿?」
 驚いたように、ルロイヤは彼女をふり返る。
「彼は《天使》の主だと、ラザレスが説明したのを、お聞きになりませんでしたの? 《天使》の主となった者は、老化が極度に遅くなり、私たちの何倍もの時間を生きることになりますわ。……彼は、かつてはフラナガンにいて画家をしていた、そのクライ・カシアスなのですよ」
 それへラナは、幾分面白そうに言った。
「なんと……」
 ルロイヤは仰天したかのように目を見張って、クライの方を見やる。
 いや、彼だけでなく、ジョージやランドルフもまた、驚いたようにそちらをふり返った。
 かつてクライが描いた絵画や壁画などの数々は、今もマリアやフラナガンに残り、二つの国の人々だけではなく、そこを訪れる多くの人々の目に触れている。その名も、多少なりとも芸術に詳しい者ならば、一度は聞いたことがあるはずだった。
 しかし、そんな彼らの目をクライは幾分面映く受け止め、軽く鼻をしわめた。
「悪いが、昔の話はやめにしてくれないか。それは、これから俺たちが話すこととも、今のこの俺とも、関係のないことだ」
 クライはやんわりとではあったが、昔のことを持ち出されたくない旨を口にする。
「それはそうでしたわね。ごめんなさい」
 それへ穏やかに笑って返したのは、ラナだった。
「それでは、話をどうぞ?」
 微笑んで先を促すラナを、クライは少しだけ渋い顔で見やる。
 以前に会った時もそうだったが、クライは彼女の中にかつて知っていたジョゼ・アニエスのしたたかさを感じていた。
 そんな彼に、ラザレスが声をかける。
「クライ殿、お願いする」
「ああ」
 言われてうなずくと、クライは改めてそこに集まった人々を見回してから口を開いた。
「まず最初に話したいのは、例のテレンス・リリシアの声明の内容のことだ。あれは嘘や作り話なんかじゃない。……エテメナンキの中枢にいる《至高天》と呼ばれる者たち、ライラ、リリス、イーヴァの三人と、エテメナンキの前の法王ユリウス、そしてライリアの女王ネイジアは、他の星からやって来た、異星人だ」
「今から一万年前に、他の星からやって来て、宇宙船が大破して母星へ戻れなくなり、その科学力を駆使して我々人類を造り上げ、今ある文化・文明を築いた――と、たしかそんな話でしたな?」
 ジョージが、いささか懐疑的な表情で、かつてテレンスがネットのテレビに割り込む形で流した声明の内容の一部を口にする。
「そのとおりだ。……ライラたちは――というか、主にライラが、というべきかもしれないが、彼らは母星への復讐を考えている。というのも、一万年前、母星へ戻れないことが判明した時に、ライリアの女王ネイジアが、他の者たちに告げたからだ。自分たちは、この星に捨てられたのだと。宇宙船の事故は最初から仕組まれていたもので、ここが未開の星であることも、通信用の電波を通さない特殊な電磁波に包まれていることも、母星の政府は先刻承知のことだったのだとな」
 うなずいて、クライは話を続けた。
「そのことに激しい怒りを燃やしたライラは、母星への復讐のため、宇宙船が自己修復を終えるまでの時間を、自分の機動兵器であるエンリルの戦闘能力向上に当てようとした。この星に人類を誕生させ、文明を築き、二つの大国を作り上げ、《大戦》を巻き起こした」
「ですが本当は、そのライラも他の三人も実はまだ欺かれていたんです」
 彼の話を引き継ぐように、ラフティが口を開いた。
「私とクライは、ライリアが海に沈む前、女王ネイジアと話すことができました。その時に、彼女から聞かされたのです。彼女たちの母星タナトスの政府は、エンリルとライラの戦闘能力向上のために、彼らをこの星へ来させ、帰れなくさせたのだと」
「それはいったいどういうことなのですか。……女王には、まだ我々に隠していた秘密があった、と?」
 ランドルフが、いささか愕然とした顔で尋ねる。
「ええ、そういうことです」
 うなずいて、ラフティは続ける。
「女王は、実際にはライラたちを監視し、もし彼女たちがタナトス政府の思惑とは違った方向に進もうとした時には、それを修正する役目を与えられていたのだそうです。けれどもちろんそれは、極秘の役目です。だからこれまで、誰にも口にすることはなかったのですね。しかし、私に連絡して来た時の女王は、すでに死に瀕していました。……彼女は私に全てを話し、ライラを、止めてほしいと言ったのです」
「止めろとは、なぜだね? そのタナトスとやらいう星は、ずいぶんと遠いのだろう? だとすれば、そこに彼女たちが行ってしまうなら、むしろ我々のためには、いいことなのではないのかね?」
 問うたのは、ルロイヤだった。
「彼らのその目的と科学力があったればこそ、今我々がこうして生まれ、さまざまな文明の利器に囲まれてくらしているのだということはわかるし、ありがたいとも思う。だが、《大戦》もライリアの独立戦争やジブリールの殉死など、さまざまな不幸で恐ろしい出来事が、彼らのせいであるのならば、いっそこの星から出て行ってくれれば、すっきりするのではないのかね? 少なくとも、この先、同じ悲劇は起こらないように思うが」
「そうですね。それは、閣下の言われるとおりだと、私も思います」
 穏やかに返して、ラフティは付け加えた。
「それに女王は、ライラが母星へ戻れば、確実に己の意志を奪われ、ただの戦う機械にされてしまうだろうとも言っていました。それは、ライラ自身がここにいるクライにしようとしたのと同じことで――もしもライラが本当にそうなるならば、それは因果応報というものだろうと、話を聞いた時には私も思いました」
「だが、事はそう簡単な話じゃないんだ」
 クライが、補足するように横から口を挟む。
「ネイジアの話では、エデン号が飛び立つためには、膨大なエーテルが必要らしい。それこそ、この星が枯渇してしまうほどのな」
 そこで初めて、人々の間にざわめきが走った。
 ずっと口を挟むことなく、聞き役に徹していたルロイヤやランドルフらの侍従や秘書官までもが、驚きの声を上げ、思わず顔を見合わせている。
 そんな中、ただラナだけが静かにその場に座していた。
 隣に座っていたランドルフは、それに気づいてか、そちらをふり返った。
「教母様は、ご存知だったのですか。この話を」
「ええ。……あなたが渡してくれたUSBメモリーに納められていた、ネイジア殿のメッセージの中にあったのです。そこには、もしもラフティ殿がライラ殿を止めようとするなら、私にも協力してほしいとありました」
 問われてラナは、静かにうなずいて返す。
「そうだったのですか……」
 再び愕然としたように、ランドルフが目を見張った。
 そんな彼らに、ルロイヤが憤然とした顔つきで、口を開く。
「なんとも、腹立たしいことだな。……そのタナトスとやらいう星の連中は、我らをもこの星をも、ただの捨て駒のようにしか考えていないということだろう、それは」
「そうですね。……そこがどんな星かは、私もわかりませんが……彼らにとって私たちこの星の人類は、所詮は実験の道具にすぎないのでしょう」
 ラフティは小さく肩をすくめて言うと、皮肉げに笑った。
「その点では、ライラはまさに典型的なタナトス人なのでしょうね。彼女は自分の復讐のことしか考えていませんし、この星のことなど、きっとどうでもいいのでしょうからね」
「だが、それは我々人類にとっては、そうではないですからね」
 静かに、だが、どこか激しいものを含んだ声音で口を挟んだのは、ずっと黙ってクライとラフティが話すに任せていたラザレスだった。
「むざむざと、この世界のエーテルが枯渇し、滅んで行くのを見過ごすわけにはいかない。ましてや俺たちは、それぞれの国と民に、責任のある立場です」
 ゆっくりと数歩前に歩み出ると、ラザレスはそこに集まった者たちを見回した。
「俺がなぜ、みなさんをここに集めたのかは、もうおわかりでしょう。みなさんには、俺と共に彼らに協力して、《至高天》のライラの行動を、止めてほしいのです」
「止めると言っても……何か、具体的な策があるのですか」
 ジョージが、困惑した様子で尋ねる。
「エンリルとエデン号が自己修復を終えて目覚める前に、力づくでエテメナンキを解体し、ライラ他の《至高天》の連中の身柄を拘束するしかないだろうと考えています」
 ラザレスが、この半月の間にロベルトやクライ、ラフティらと何度も話し合いを重ねて出した結論を告げた。
「力づく……か。その前に、ライラ殿に本当のことを教えてやるという選択肢はないのかね?」
 わずかに顔をしかめて、ルロイヤが返す。
 彼は、ルーフの信者らしく、まず武力に訴えることをあまりよしとはしないようだ。
「やりたければやってもいいが、彼女はまず、聞く耳を持たないだろうな」
 それへクライが、小さく肩をすくめて言う。
「女王ネイジアのメッセージを見せれば、話そのものは信じるかもしれん。だが……更に怒りに駆られて、何がなんでもタナトスへ復讐に向かおうとするだろう。ライラってのは、そういう女だ」
「ふむ。……だが、だからといって、いきなり力づくというのは、感心しないな。我々は、ルーフの信者でもあるし、国を動かすともなれば、世界に通じる大義名分がなくてはならんだろう」
 ルロイヤは、顔をしかめたまま言って、軽く顎ひげを撫でた。
「たとえ大義名分があったとしても、我々ルーフを国教とする国々が、エテメナンキを解体しようとすれば、他の――エテメナンキを国教とする国々が、黙ってはおりますまい」
 それへ応じるように、ジョージも言った。
「殊にマルガレーテなどは、領土を広げるいい機会とばかりに、すぐさま宣戦布告して来るように思いますが」
 西ゲヘナにとっては、大国として知られるクラリスよりも、地続きで国境を接しているマルガレーテの方が常に脅威なのだろう。
 それはむろん、マリアやフラナガン、アニエスにしても、わからなくもない感情だった。
 実際、マリアやフラナガンの政府は、アニエスがロドニウスの政権下にあった当時は、いつ攻め込まれるかと常に緊張状態だったのだ。
 それに、マルガレーテが動けば東ゲヘナもそれに賛同する確率は高い。
 東ゲヘナの南端に位置するリリティア半島の岬には、東ゲヘナ軍の基地がある。ここからマリア本土までは、直線距離で五百グラーナもないのだ。晴れた日には、岬からマリア東部のガーラの港が見えるほどなのである。ミサイルでも撃ち込まれようものなら、あっという間に国土の何割かは、焦土と化すだろう。
「だが、止めなければ、いずれ世界は滅ぶ。……俺たちが、戦争をしている暇もないうちにな」
 それへそっけなく告げたのは、クライだった。
「それに、問題なのは、それ一つだけじゃない。――そうだったな? ラザレス陛下」
 水を向けられ、ラザレスがうなずく。
「ああ。……問題は、もう一つあって、そちらの方がより深刻だ」
 言って彼は、つとラナを見やった。
「しかしそれについては、俺が話すよりも――伯母上、あなたに話していただいた方が、いいでしょう」
「ラザレス……」
 名指しされて、ラナが驚いたように目を見張る。
 人々の目が、怪訝そうにそちらに向いた。
「教母様」
 ランドルフが、励ますようにその手にそっと触れる。
 ラナはしかし、どうすればいいのか、ためらうように小さく唇を噛みしめた。
 しばしの逡巡の後、ようやく顔を上げる。
「そう……ですわね。ここにいる方々ならば、ただむやみに驚き、恐慌状態に陥ることもないと信じて、お話しいたしましょう」
 呟くように言って、彼女は席を立つと、ラザレスたちのいる側へと歩き出した。