第四章 ニエベスの秘密会談

眠れる神を屠りしもの 1

【3】
 会議が終わりを告げたのは、それから三時間後のことだった。
 クライたちは幾分疲れた顔で、議場となったサロンを出て、遅い昼食を取るために、食堂へと移動する。
「やれやれ。……こんなに外の空気を吸うのがホッとするものだとは思わなかったぞ」
 移動のために、廊下を歩いて行きながら、クライが小さくかぶりをふって溜息をついた。
「あなたは、会議とか首脳会談とかには、無縁ですものね」
 それを聞き咎めてか、ラフティが小さく笑って声をかける。
「まあな。……しかし、教母もそうだが、マリアの大公も……こうやってずっと一緒にいると、妙な感じだな。別人なのに、ジョゼや俺の知ってた大公様を思い出させる」
 クライは小さく肩をすくめて返すと、幾分複雑な顔をして言った。
「それはまあ……その子孫ですからねぇ」
 ラフティは困ったように言って笑う。
「そりゃそうだがな」
 クライは再度肩をすくめてみせると、ふと真剣な顔になった。
「それはともかく……ライラが会うと思うか?」
「わかりませんが、会ってもらいますよ。そのために、私が一緒に行くんですから」
 問われてラフティは返す。
 そう。会議の結果、やはり一旦はライラに会って、ネイジアから知らされた事実を伝え、復讐を思いとどまるよう説得することになったのだ。
 その役目はラナに任されることとなり、ラフティはアズラエルと共に彼女の護衛として従うことになった。
 とはいえ、本当のところはただの護衛ではなく、今彼自身が言ったように、ライラとラナの橋渡しとしての役割の方が大きい。
 なにしろ彼は、三百年もの間、《神の塔》で《至高天》第四位としてライラの元にいたのだ。それに、彼女から気に入られてもいた。
「それはそうだが……」
 クライは言って、小さく吐息をつく。
「まさか、俺たちがルーフの教母とライラの会見を画策することになるとはな」
「そうですね」
 うなずいてラフティはふと、何かを思い出す目になった。
「……フラナガンが、マリアから独立した時のことを覚えていますか?」
「ああ」
 問われてクライもうなずく。
 それは、同じように三々五々、雑談しながら食堂へと向かう他の者たちにとっては、ただの歴史――教科書か、あるいは文献などのデータで見知っているだけの記録でしかなかっただろう。
 だが、二人にとっては、鮮明な記憶と共に残っている思い出の一つだった。
 フラナガンが国として独立したのは、神聖暦四七四一年、アニエスが建国された翌年のことだ。
 当時ライラは、フラナガンの独立を阻止するために《アサシン》やテンプルナイツを動かそうとしたり、独立の記念式典にジブリールの遺伝子モデルとなった人物の子孫で、彼女にそっくりな容姿と歌声を持つヴィクトリアを出席させて牽制しようとしたりと、さまざまなことを企んだものだった。
 だが結局それらは形になることはなく、やがて独立の翌年、当時の教母エレハイムと会見したヴィクトリアは、自分はジブリールともフラナガンやルーフともなんの縁もゆかりもない人間であると明言し、クライたちをおおいに驚かせた。
 彼女は、クライやラフティが大切に思っているものを守るために、あえてライラに逆らったのだ。
 そして彼女は、今度は自分自身の自由意志を守るために、自ら命を絶つことになる。
 クライとラフティにとって、フラナガンの独立にまつわる思い出は、そんなふうに胸のすくような爽快な出来事と、辛く苦しい、三百年が過ぎても胸が痛むような出来事によって構成されているのだった。
 けれども、だからこそ、今のこの状況にはなんともいえない複雑なものを彼らは感じる。
 この世界全体を救うためとはいえ、フラナガンの教母がライラに、母星へ戻れば自由意志を奪われることになるだろうと、だから復讐を思いとどまれと、話しに行くというのだから。
 ライラがそれを聞き入れるとは、二人にはやはり思えない。
 会議で、言葉で伝えてもライラがそれを信じない場合は、ラナが持っているネイジアからのメッセージ映像を見せて説得しようと決まったものの、たとえそれを目にしたとしても、きっと彼女は意志を変えないだろうと、クライもラフティも思うのだ。
 むしろそれは、彼女の怒りと復讐の炎を煽るだけに違いない。
「あの強靭な意志だけは、さすがの俺も天晴れだと思うぞ」
 そんな思いにかられて、クライがぼそりと漏らした。
「たしかに、稀に見る意志の強さですね。ただそれは、彼女がこの星の人間よりも長く生きる種族だから、かもしれませんね」
 苦笑しつつもうなずいて、ラフティは告げる。
「私もあなたも、グラディアスも……この星の人間ですけれど、通常よりも長く生きられる体に変質してしまっています。それに耐えられるように、きっと心もこの星の普通の人とは、違ってしまっていると思いますよ」
「……かもしれないな」
 しばしの沈黙の後、クライは低くうなずく。
 その胸に去来するのは、自分たちの他者に対する想いの時間の長さだった。
 かつて彼は、グラディアスが三百年もの間、自分への想いに縛りつけられていると感じていたが、それは結局、彼自身も同じだったのだ。
 胸の奥底に蓋をして封じてあったものの、ラフティへの想いは消えることなく、この三百年間続いていた。それは、ラフティの方でも同じだ。
 だが、ごく普通の人間であれば、いくらさまざまな事情があって実らなかったとはいえ、想いを引きずったとしても、せいぜいが十年二十年程度のものだろう。それでさえ、普通ならば充分長い部類に入る。
 そうしたことを考えれば、たしかに彼らは肉体と共に心もまた変質しているのかもしれなかった。
 そんなことを話すうち、彼らは食堂へとたどり着く。
 長い会議の後ということを考えてか、食事は堅苦しくならない立食形式にしつらえられていた。
 壁際に並べたテーブルに何種類もの料理が並び、それを各々が好きなものを好きなだけ、取り皿に取って食べられるようになっている。
 もちろん、食堂内にはソファや椅子も用意され、座ってくつろぐこともできるようになっていた。
 部屋の一画には楽器を手にした楽士らが数人陣取り、優しい音色の音楽を奏でている。部屋のあちこちには、花や緑が飾られていて、目にも美しく、ここが砂漠のただ中の王国であることを、忘れてしまいそうだった。
 誰もがホッとした顔で、部屋に入ると取り皿を手に、料理を物色したり雑談をしたりし始めた。
「ラフティ殿、護衛の件、ご苦労ではありますけれど、よろしくお願いしますね」
 同じように料理を選んでいたラフティに、ラナがそう声をかけて来る。
「教母様こそ、ご苦労様です。……会見にこぎつけたとしても、ライラは一筋縄では行かない女ですからね。彼女と話すのは、なかなか大変だと思いますよ」
 ラフティはそれへ、苦笑混じりに返した。
「もちろん、ご一緒するからには、私もできる限り手助けはさせていただきますけれどもね」
「頼りにしていますわ」
 ラナは如才なく微笑んでうなずく。
 それへ、ふと思い出したようにラフティは言った。
「ところで――ずいぶん先のことになるとは思いますが、ライラを無事に止めることができて、全ての件がかたずいたら、私はクライと一緒に、フラナガンでくらそうと考えています。クライが、そんなふうに言ってくれましたのでね」
「おい、ラフティ」
 ラフティの隣で、黙って自分の取り皿の中身を口に運ぼうとしていたクライが、たちまち嫌な顔で声を上げる。
「別に、隠すことでもないでしょう? それに、教母様には話しておいてもいいじゃないですか」
 ラフティはしかし平気な顔で言って、改めてラナをふり返った。
「その時には、よろしくお願いします」
「まあ、それはうれしいですわ。もちろん、よろこんで受け入れさせていただきます」
 ラナは、たちまち破顔して言った。そして、クライをふり返る。
「きっと芸術に造詣の深い者たちは、驚くと思いますわ。あのクライ・カシアスが、三百年もの時を経て、フラナガンに戻って来るなんて、思いもしませんもの」
「……悪いが、フラナガンに戻っても、絵描きに戻る気はないんだ」
 クライは幾分むっつりと言った。
「フラナガンに行ってまで賞金稼ぎをやる気はないが、腕っぷしの必要な仕事ならいくらもあるだろう? そういうのをやって、生計を立てて行くつもりだ」
「クライさん……」
 ラナは、少しだけ驚いた顔で、そんな彼を見やる。だが、すぐに微笑んだ。
「もちろん、何をやって生きて行くかは、あなたの自由ですわ。私はフラナガンの国主ですが、だからといって、民の仕事選びにまで口を出す権利はありませんしね。でもね、これだけは忘れないで下さい。あなたがかつて生み出したものは、三百年が過ぎた今もなお、多くの人々を感動させ魅了させ続けているのだということを。私たちの祖先であるロマ・アニエスは、かつてのあなたの屋敷をあなたのための美術館にしましたが、それはけして、あなたが友人の息子だったからではないと思いますよ」
 そうして彼女は、もう一度二人に微笑みかけると、離れて行った。
 それを見送り、クライは苦い顔で溜息をつく。
「やっぱり苦手だ。……ジョゼはもっときつかったと思うのに、なんだか彼女と話してる気分になる」
「さすがは、フラナガンの国主にしてルーフの教母様だというべきですかね」
 低く笑いながら、ラフティがそれへ言う。
「だいたい、おまえが妙なことを言い出すからだろうが」
 クライはそんな彼を、軽く睨んで言い返した。
「いいじゃないですか。それに、教母様にも知っておいてもらえば、もしあなたが気が変わったとか言い出しても、証人になってもらえますからね」
 ラフティは涼しい顔でそんなことを言う。
「おまえなあ……」
 何か抗議の言葉を返しかけ、クライはやれやれと溜息をついた。口ではラフティに勝てたためしがないことを、思い出したのだ。それでも、小さく顔をしかめて続ける。
「気が変わったなんて、言わねぇよ。……昔、俺は本気でおまえとライリアへ行くつもりだったんだ。場所は変わったけど、その時の約束を実現するさ」
「クライ……」
 思いがけない言葉を聞かされて、ラフティは軽く目を見張った。それから、そっと、人目につかない程度にその額を彼の肩に押し付ける。きっと、二人きりの場所でのことだったなら、力一杯抱きしめていただろうけれど。
 クライはそんな彼に、少しだけ照れくさそうな顔をして笑ってみせたが、すぐにそっぽを向いてしまった。

 一方、二人から離れたラナが歩み寄って行ったのは、何事かを話し込んでいるラザレスとルロイヤ十五世の傍だった。
「ずいぶんと話が弾んでいるようですわね」
「ラナ殿」
「伯母上」
 彼女が声をかけると、二人はどちらもふり返って破顔する。
「ラザレス殿は、なかなかどうして、若いが頭の切れる方のようだと感心しておったところだよ」
 ルロイヤは言って、頼もしげな目をラザレスに向けた。
「そんなことはありません。王位に就いて以来、毎日自分のもの知らずを思い知らされては、内心に冷や汗をかくことばかりです」
 ラザレスは笑ってかぶりをふる。
 そんな二人を見やって、ラナも小さく微笑んだ。そして、つとルロイヤをふり返る。
「ところで、ルロイヤ殿。エテメナンキを信仰する国々へ、例のことを知らせるのは、どのように?」
「ああ……」
 問われて彼は、口元だけを笑いの形にゆがめてうなずくと言った。
「私が自ら、非公式に訪問して、相手国の元首と秘密裏に会談を持って来ようと考えておるよ」
 三時間に及ぶ会議の席で、妖魔化・悪霊化の真相について、エテメナンキを国教とする国々の元首にも伝えるべきだと提案したのは、ランドルフだった。たしかにそれは、ここにいる五カ国の元首らだけの機密にしておいていいことではなく、何を信じるかに関係なく、各国の元首ら全員が知るべきものではあった。
 そんなわけで、ランドルフの提案は受け入れられ、ルロイヤがエテメナンキを国教とする国々の元首たちに事情を伝えることになったのだ。
 ちなみに、彼が選ばれたのは、五カ国の中では一番古く、由緒ある国の元首だったからだ。
 マリアは国となる以前は、滅んだレムリア王国の王族の一人、マリア大公の領地で、《大戦》後に大公家の人々が地殻変動の脅威から逃れて来た人々を受け入れ、共に造り上げた国なのである。
 そのため、小国ではあるが、その大公に対してはクラリスの皇帝などもそれなりの敬意を払って接するのが慣例となっている。つまり、彼の話ならば、クラリス皇帝にせよマルガレーテの国王にせよ、そして東ゲヘナの大統領にせよ、無視するわけにはいかないだろうとラナたちは考えたのだった。
「それは……懸命なお考えですわ」
 彼の言葉に、ラナは軽く目を見張ってうなずく。
「なにしろ内容が内容だからな。下手にメールや文書などで伝えて、外に漏れたりしたら、我々が今ここでこうしている意味がなくなってしまうからな。それに、そういうものよりも実際に会って言葉で伝えた方が、事実なのだということが、相手にもはっきりとわかるだろう」
 ルロイヤは言って笑った。
「本当に伝えたいことがあれば、直接話すのが一番いいと、私は思っているのでな」
「俺も、そう思います」
 うなずいたのは、ラザレスだ。
「だから、今回も無礼を承知で、こうしてみなさんをここにお呼びしたわけです」
「ふむ。その判断は、間違いではないな」
 ルロイヤは楽しげに目を細めて返す。
「聞かされた話は驚くべきことばかりだったが、これがもし通信回線を通してのものだったならば、私は半信半疑にならざるを得なかっただろう。奇妙なことだが、たとえテレビ電話を介してだったとしても、実際に会って話を聞いた時のようにまっすぐには、事実は伝わらないのだよ」
「ええ」
 ラザレスは、再びうなずいた。
 そんな彼の姿に、ラナもまた思わず目を細める。
 即位してまだ四ヶ月にしかならないとは思えないほど、堂々としたおちつきぶりに、安堵と共に頼もしさをも感じたのだ。
(ジェイドもきっと、今のラザレスの姿を見ることができたなら、誇らしく感じたでしょう。……世界的な問題さえかたずけば、この先、アニエスは安泰に違いありません)
 ふと、そんなことを胸に呟く。
 その思いは案外、ラザレスの父ジェイドと親交のあったルロイヤの胸にもあったのかもしれない。
 つとラナがそちらを見やると、彼もまたどこか頼もしげに目を細めてラザレスを眺めていた。ラナはそれへそっと微笑みかけると、手にした飲み物のグラスを、口元へ運ぶのだった。

 やがて遅い昼食の時間が終わりを告げると、ルロイヤたちはひそやかにラウ離宮を離れ、従って来た者たちと共に帰国の途に着いた。
 ただ、ラナだけはここで一泊する予定で来ていたため、用意された部屋へと一旦は足を運ぶ。
 彼女の場合、ラザレスとは甥・伯母の関係にあるため、非公式の訪問が万が一外に知れたとしても、伯母として甥の顔を見に来たのだといえば、それなりに言い訳は立つ。それに実際、彼女はゆっくりとラザレスと話したくもあったので、こうした予定でここを訪れたのだった。
 とはいえ、ラザレスも忙しい身である。
 ルロイヤたちを見送った後は、ただちに王城へ取って返して公務に戻らなければならなかった。
「それでは伯母上、どうぞ、ごゆっくり。俺はまた、夕食の時に、こちらへ顔を出しますので」
 ラザレスは、そんな言葉を残して、ロベルトと共に慌しく離宮を立ち去って行った。
 それを見送り、ラナは小さく微笑む。
「王としての公務に勤勉なのは、良いことです。……それにしても、事態は本当に、思いがけない方向にころがって行くものですわね」
 呟くように言って、彼女はつと、自分に与えられた部屋にラザレスと共にやって来て、一人残った《天使》ケルピムをふり返った。
「そうだな。だが、悪い方向じゃあない。そうだろ?」
 うなずいてにやりと笑ったその顔は、造作は同じだが、明らかにケルピムのものではなかった。そう、そこにいるのは、ケルピムの体を借りたマニ・アニエスその人である。
 ラナが、その《天使》の体に彼が宿っていることを知らされたのは、ラザレスの戴冠式のおりのことだった。
 即位のための式典や、その後打ち続く祝いの宴、パレードなどが一通り終わった後、彼女はラザレスによってケルピムに引き合わされ、その《天使》がマニへと変わる姿を目にした。そして、さほど長くはなかったが、彼と話す時間をも持てたのだった。
「たしかに、悪い方向ではありませんわ」
 言ってラナは、部屋のドアを自らの手で閉めると、部屋の中央に置かれたソファの方へと、歩み寄る。
 ラザレスが今夜の部屋として彼女に与えたのは、いかにも婦人室らしいレースのカーテンや猫足のついた椅子やテーブルなどが並び、風景画や鳥や花をかたどった彫刻で飾られた一室だった。奥にはもちろん、豪奢な寝室も用意されている。また、お供の尼僧や護衛の尼僧衛士たちのための控えの間にも、寝室とは別のドアから出入りできるようになっていた。
 更に、この部屋には砂漠では贅沢品の一つに数えられる、たっぷりの湯を使うことのできる浴室も備えつけられていた。
 とはいえそれは、アニエス国王の伯母にしてフラナガン国主、ルーフの教母という彼女の立場と地位を考えれば、けして贅沢すぎるというものではなかったけれど。
「ですがやはり、驚いてしまいますわ。この私が、《神の塔》へ行って、エテメナンキの実質的権力者に会見を申し込む役目を負うことになるなどとは……」
 ソファに腰を下ろして、ラナはどこか吐息をつくように言う。
「気持ちはわからんでもない」
 再度小さく笑ってマニは、自分も彼女の向かいに腰を下ろしながら返した。
「いかに一国の元首とはいえ……他の国を訪ねるのと《神の塔》を訪ねるのとでは、まったく意味合いが違うからな。ましてや、俺たちルーフを信仰する者にとっては。だが――」
 マニは言葉を切って、何かを思い出すようにしばし彼方を見詰めた後、続ける。
「死んだことにさえなってなけりゃ、《神の塔》へは、俺が行きたいところなんだがな。そのライラという女にも会ってみたいという気がする。……ジブリールを、あんな目に遭わせた張本人だ。どんな女か見てみたい。それに、あそこには、グラディアスが――俺の親友だった男がいるんだ」
「エテメナンキの大司祭……でしたわね」
 低く言って、ラナは吐息をついた。
「かつてのマリアの公子にして、ルーフの近衛隊長だった人物――それがいまでは、エテメナンキの法王の代理人とは……」
「ああ。だが、ルゾから聞いた話では、完全にエテメナンキに魂を売ってしまったわけでもないらしい」
 うなずいて、マニは苦笑する。
「あいつは昔から、本人にそのつもりはないのに、気づいたら面倒な立場に追い込まれていたってことが、よくあったからな。案外、今もそんなふうなんじゃないかと思ってるんだが……なんにせよ、直に会って話せれば、それが一番いいには違いない。だが、無理なものは無理だ。せいぜい、おまえの武運を祈っておくさ」
「上王……」
 ラナは、そんな彼を少しだけ悲しげな目で見やった。そして、口を開く。
「《神の塔》へ行ったおりには、なんとか大司祭とも話す機会を作ってみますわ。フラナガンの生まれで、かつてルーフにいたのならば、あちらも私に興味を持つやもしれませんし」
「気持ちはありがたいが……無理はするな。まだ、ライラって女とも会えるかどうかわからないんだ。おまえは、自分の役目を果たすことだけを考えろ」
 それへマニは真摯な目をして言うと立ち上がり、そっと彼女の背を叩いた。そのまま、踵を返す。
「話せてよかった。……夕食の時にまた会おう」
 言って、彼は大股に部屋を出て行く。
 ラナはその背を、どことなく悲しげな顔で、黙って見送った。